近年、大都市の住宅エリアでは、子ども達がのびのびと過ごすことができる空間がどんどん減っています。特に東京都心部ではそのような空間を確保し、子ども達にとって快適でかつ安全な教育・保育空間を確保することがとても難しい状況です。また、別の社会的課題として地域の交流・福祉インフラの整備もまた喫緊の課題と言われています。少子高齢化が急速に進んでいる今、この2つの課題を限られた都市空間の中でいかに両立させるかが大きなテーマとなっています。
JR山手線田端駅からほど近い場所にあるMIWAたばた保育園は、そのテーマに挑戦している都市型保育園です。
プロジェクトの目標は、「安心して子どもが通える安全な環境と遊び心を持った楽しい空間」の実現です。しかも当園においては、地域行政のニーズである「東京都内における福祉インフラ整備」を実現しなければなりません。MIWAたばた保育園の運営者である「みわの会」は、「否定のない芸術教育」や年齢を超えた子ども達の交流など様々な取り組みを積極的に進めてきました。そして、新たに創られる園舎にはこれらの活動をさらに高め、「子ども達が主体的に活動ができる園舎」の実現が求められたのです。
設計事務所には、都心部住宅密集エリアの限られた敷地でこれらの要望を実現する空間づくりのための、創造的なアイディアと創意工夫が求められました。
都心部の密集した住宅エリアでは、子ども達が自由な発想と主体性を持って活動できる広い空間の確保は決して容易なことではありません。そのため建築デザインにあたっては、限られた空間の中でいかにして子ども一人ひとりの個性を伸ばし、それぞれの自由で主体的な活動ができる快適で安全な空間を実現するかという難しい課題に取り組む必要がありました。さらに、園経営の観点から限られた事業敷地においても高い収容力も実現しなければいけません。「子ども達一人ひとりが自由にのびのびと活動できる空間」を確保しつつ、最大限の収容力を実現するというテーマにも正面から取り組むことでプロジェクトの実現に向けて取り組みました
一方、地域のニーズにも応える機能が求められました。土地所有者である東京都住宅供給公社は、東京都内における福祉インフラの整備を目指して土地活用を進めてきました。当園はその一翼を担う場と位置づけられていたため、子ども達の活動空間と地域福祉インフラ空間を実現することも求められました。特に当園の近隣には高齢者福祉施設が立地しているため、子どもから高齢者まで幅広い利用者ニーズに対応できること、そしてそれにより地域の多世代・他世帯交流の下地となりうる可用性の高い建築が不可欠とされたのです。
限られた事業敷地面積の中で、これらのニーズをしっかりと満たし全ての利用者に快適で安全な空間を提供するにはどうしたらよいのか ー 高いハードルを超えるための挑戦がはじまりました。
限られた敷地で最大限の可用性と収容力を実現するためにはどうすればよいのか ー SOU建築設計室が掲げた課題解決のための戦略、それは「開かれた空間」です。しかもそれは単に物理的に壁や間仕切りのない空間ということではなく「利用者のニーズや発想を柔軟に受け入れることができるオープンスペース」という発想です。子ども達の保育にあたっては
を実現することを目指しました。保育の空間に、保育カリキュラムや活動テーマに合わせて自在に変化できるフレキシブル性を持たせるとともに、自由な交流を支えるオープンスペースを併設することにより、上記のニーズを満たす空間が実現しました。
オープンスペースには、自然な形で年齢別から異年齢の保育へと変化できるハード(建物)面の効果はもちろんのこと、柔軟に利用できるメリットによるソフト(保育運用)面の多様化や発展を促すきっかけにもなります。これによって、徐々に異なる年齢での交流が増え、子ども達はもちろんのこと保育士も年齢が混ざりあう保育形態に慣れ親しむことができ、これまで年齢別(横割り)保育を取り組んでいた保育園・保育士たちに、異年齢(縦割り)保育へと移ることができる環境をも提供できるのです。「子ども達そして保育園・保育士たちの変化と発展」を受け止めることができる懐の広さが、新しい保育園のあり方のモデルにもなっていくと期待しています。
当園では更にもう一つ大きな特徴があります。それは、時間と天気を気にせず、いつでも遊びに行ける屋上園庭の実現です。
一般的に都心部の密集地の保育園では園庭の確保が難しく、外遊びなどは園児と保育士が園外の公園などに移動する必要があります。しかし移動中の交通事故など巻き込まれる危険性も高く、実際全国でそのような痛ましい事故が後を絶ちません。そこで当園では、思い切った提案を行いました。関係者の方々が不可能と思われていた園庭を、地域の意見を踏まえ規模を抑えかつ定員を確保しつつも屋上施設として提案・実現したのです。これによって子ども達の安全を確保し、保育士も保護者も安心できる環境を実現しました。時間と天気の影響を受けないこの園庭は子どもたちの人気の場所となっています。
子ども達の自由で主体的な活動は怪我や事故のリスクも伴います。そのため建築設計においては、子どもを守る万全の配慮が欠かせません。しかしそれとともに子ども一人ひとりがのびのびと快適に過ごすことができる「自然な空間」であることも求められます。一見相反するこの課題を解決するために、当園の設計ではレイアウトや内装素材、取り付け家具に対する安全配慮などをきめ細かく検討しています。
例えば、好奇心による思わぬ指先の怪我を防止することをとっても次のような工夫を凝らしています。
また内装には無垢無添加の木質素材を採用し、空間に暖かみを持たせながら吸音・吸湿・健康への配慮も実現しています。
保育園で過ごすのは子ども達だけではありません。保育に携わる保育士や園関係者にとってもそこは快適で働きやすい環境でなくてはなりません。保育士の立場に立った配慮は、保育士の心を豊かにする職場環境を創り、それは子ども達の行動や心にも良い影響を及ぼしていきます。そのために当園では、保育士同士が適切な距離でコミュニケーションがとれる空間構成の実現や子ども一人ひとりを常に自然かつしっかりと確認できる視界の確保、保育士のためのラウンジの設置などの様々な工夫も凝らしています。
園運営者・地域社会・保育士・保護者との密なコミュニケーションを大切にし、それぞれのニーズを丁寧に汲み取りながら進めた当園建設プロジェクトは、都心部密集地域という制約の多い立地においても、子ども達に自由で主体的な活動を安心・安全に提供する空間を創造できることを示した事例です。
難しい挑戦にあたって直面した様々な課題に真摯に向き合い、多くの関係者と数多くの協議や議論を重ねながら時間をかけて取り組んだ結果、安全かつ遊び心を持った保育環境を実現することができました。